ツインレイは真実の愛、無償と永遠の愛の幸せと神秘とは?

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ツインレイは、無償の愛で愛する唯一の相手であるといわれています。

また、ツインレイと出会うことで永遠の愛を感じるとも言われています。

ツインレイとの出会いは神秘のベールに包まれているように思います。無償の愛とはどういう意味でしょう?

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無償の愛とは何か

無償の愛とは一体なんでしょうか?

無償の愛を説明するためには、無償の愛ではないものが何なのか考えてみる必要があるかもしれません。

無償の愛の反対は「条件付の愛」ということになります。条件付の愛とは、別の言い方をすれば、「有償の愛」と言って良いでしょう。

お金持ちだから好き、イケメン・美人だから好き、優しいから好き、仕事が出来るから好き・・・という何らかの理由や条件があって、その条件を満たす相手を好きになるという気持ちは、条件付の愛です。

たとえばあなたに素敵な彼がいたとしましょう。その彼がお金持ちでイケメンだったとしましょう。そんな素敵だった彼が、不景気のあおりを受けて失業して無収入になり、借金地獄に陥り、さらにストレスから暴飲暴食に走って太りだし、前歯が抜けてしまって、借金まみれの醜いデブ男に変わり果ててしまったとしたら・・・それでも、あなたは彼のことを愛せるでしょうか? それでも愛せるという人は、少ないのではないでしょうか?

それでも愛せるなら、あなたは、その彼のことを無条件に愛していると言えるかもしれません。無償の愛とは、そのようなものだと考えてみると良いかと思います。

普通の恋愛では、相手の条件を好きになります。見た目が好みだったり、趣味があったり、結婚相手としての条件が良かったり・・・そういう相手のことを愛していると感じるのだと思います。

でも、そのような愛は、「条件付の愛」であり、無償の愛とは違います。

親が子供を愛する気持ちは、無償の愛であるといわれています。しかし、実際の親子関係を見ていると、必ずしもそうとはいえないのではないでしょうか?お勉強ができないと愛せない、良い子にしていないと愛せない、そのような親はたくさんいます。

最近の親がそうなのではなく、古くから残っている逸話や小説、歴史などを調べてみると、人類のおおくは大昔から、条件付でしか人を愛せないまま、今に至っているように筆者は思います。

しかし、条件付の愛を求めていては本当の意味で幸せになることは不可能だと気づいた人は過去にもいたと思います。それがイエスキリストや、仏陀など、覚者といわれている人たちだったのではないでしょうか。

ツインレイ女性は無償の愛で愛してくれる女神?!

ツインレイの関係は、条件付の愛とは違います。

ツインレイ女性は、ツインレイ男性と出会ったとき、相手の容姿やスペックが、恋愛の対象外であることから、相手がツインレイだと気づかないことも多いと言います。

たとえば借金をしない主義の女性の相手の男性ツインレイが、一億円の借金を背負っていることもあるでしょう。また、ツインレイの性格が嫌いだったり、ツインレイの年齢が親子ほど離れている場合もあります。

これは、本来であれば、愛せないような条件の悪い相手であるということを意味しています。それでも、愛を感じるのがツインレイです。

ツインレイ女性と出会ったツインレイ男性は、無条件で自分を愛してくれるツインレイ女性のことを女神のように感じると言います。無償の愛を与えてくれるツインレイ女性を、この世のものではなく、神秘的な女神のように感じてしまうのかもしれません。

ツインレイの神秘

ツインレイは、魂を二つに分けた、魂の双子の片割れであり、男女の組み合わせだと言われています。 ツインレイはシンクロ二シティを体験したり、奇妙な類似点をもっているなど、神秘を感じる関係であるとも言われています。

そのため、出会ってしばらくの間は、この世界のありようのすべてが、違って見えるような不思議な感覚になる人も多いかと思います。

また、本来であれば愛せないような、嫌なところを持っている相手であることも多いため、受け入れるまでの時期に葛藤を体験する事もあります。一般的にはサイレント期間といわれる時期にランナーとチェイサーの体験をする事があると言われています。

この葛藤の時期を通じて、ツインレイは、無償の愛を知ることが出来ます。そして、無償の愛の中に幸せがあると理解します。

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永遠の愛は自分の中にある

ツインレイと出会ったときに、永遠の愛を感じると言う人もいます。このとき、相手に対して感じる気持ちが、無償の愛であるという人もいます。

ツインレイは、魂を二つに分けた、魂の片割れだという人もいますが、しかし最終的には、すべては自分の中にあると気づきます。 それに気づいたとき、すべての人が自分と同じ、ツインだとわかるのです。

無償の愛が欲しいと渇望するのは、自分が自分のことを愛せないからです。しかし、自分で自分のことを認め、愛せるようになったら、誰かに特別に愛されなくても良いとわかります。そして、自分が最初から愛されていた事に気づきます。

「自分はただ存在していいのだ」と気づくことが、無償の愛に気づくことです。

ツインレイとの紆余曲折を経て、最終的に人はそのような感覚になるのだと思います。その感覚にたどりついた人は、もう、愛を求めてさまよう事はなくなるでしょう。

「自分はただ存在していいのだ」という感覚は、とてもシンプルなものです。無償の愛というと、とても素晴らしく、むつかしいことのように思えますが、ただ生きるために生きてよい、という、たったそれだけのことなのです。

しかし、今までの人間はそんな風には考えてきませんでした。そんな風に考えたのは、イエスキリストや仏陀のような、悟りを開いたとされるほんの一部の人たちのみでした。

無償の愛が無ければ生きられない世界がくるかもしれない・・・

ここ最近、ツインレイと出会う人が増えているのは、すべての人たちが「自分はただ存在していいのだ」という感覚にたどりつく必要があるからではないでしょうか。

今現在、AIの技術がかなり進んでおり、ビットコインなどの仮想通貨などのシステムも整いつつあります。AIに仕事を奪われた人たちを養うために、ベーシックインカムを実験的に導入している国々もあります。

この流れが加速すれば、やがてわたしたちは、働かなくても生きていけるようになるかもしれません。社会システムが根底から大きく変わる可能性もあります。

仕事もお金も必要なくなれば、仕事が出来たりお金を持っていることに、何の価値もなくなります。さらに整形手術や若返りの技術が進歩すれば、誰もが若く美しくなるでしょう。そうなれば、若さや美しさにも価値がなくなります。AI技術が進歩すれば、賢さや頭のよさにも価値がなくなるでしょう。

つまり、いろんな意味で「みんなおなじ」になってしまうかもしれないのです。

そんな世の中が来てしまったら、あたまが良いとか、お金を持っているとか、美しいとか、なんらかの「付加価値」を手に入れることで、自分の存在価値を感じていた人たちは、自分の存在価値がなくなったと感じ、とても苦しい思いをするかもしれません。

「みんなおなじ」になってしまった世界で生き延びるには、「自分はただ存在してていいのだ」という感覚を手に入れる必要があるのではないでしょうか。

科学とスピリチュアルは同時進行で進化していると筆者は考えます。

ツインレイと出会う人たちは、地球全体が変化していく中で、必然的に、ツインレイと出会わされ、無償の愛に気づくという役割を担わされているのかもしれません。

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